三の丸(佐伯文化会館跡地)について
佐伯城の三の丸は、1602年~1606年頃に山頂の城とあわせて造られていますが、最初の姿はよくわかっていません。1637年頃には櫓門や御殿が建てられ、現在の三の丸の形になったと考えられます。その後は藩主の生活や政治の中心となって、江戸時代を通して重要な役割を果たしていました。
1971年に、御殿を解体(船頭町に移築)して佐伯文化会館が建てられましたが、施設が古くなったため、2022年に解体しました。地下に残されていると考えられる三の丸御殿の遺跡を守るため、佐伯文化会館の基礎を残しています。今、石垣の前に置いている大きな黒い袋(大型土のう)は、弱っている石垣が解体工事の揺れで崩れないように押さえるためのもので、今後の調査などの影響を防ぐためにも置いたままにしています。
佐伯市教育委員会では、2024年から始める「佐伯城跡保存活用計画」作成事業のなかで、御殿の部分的な発掘調査なども行いながら、憩いの場でありつつ佐伯城跡への理解を深められる三の丸のあり方について考えていく予定です。

御城幷御城下絵図(1738年)の三の丸

解体前の三の丸御殿
山頂からの景色と樹木について
佐伯城跡の大きな魅力の一つは、本丸からの眺めです。この場所からは、旧城下町を含む市街地や佐伯湾、天気が良い日には四国まで見渡せます。また、二の丸からは戦国時代の山城である栂牟礼城跡を見ることができ、西出丸からはおだやかに流れる番匠川を見下ろすこともできます。
さらに、佐伯城跡がある城山は、市街地にある自然林としても貴重な存在です。コジイやカシの木がほとんどを占める林のなかには、冬に雄池と雌池で卵を産むオオイタサンショウウオや、木の穴を巣とするムササビなど、さまざまな動物が息づいています。
城山は、このような素晴らしい景色と豊かな自然に触れることができる都市公園でもあります。この公園の管理は佐伯市都市計画課が行っており、登山道の維持補修や、数年間をかけて山頂の木々を剪定し、眺めを良くするなどの取り組みを進めています。

本丸外曲輪から佐伯市街地を望む

二の丸から栂牟礼城跡を望む
佐伯城跡保存活用計画の作成について
佐伯市教育委員会では、国指定の史跡であるとともに都市公園でもあり、さらに観光の名所、津波避難地など様々な価値を持つ佐伯城跡を、これからもきちんと守り、活かしていくために「佐伯城跡保存活用計画」を作成します。作成は2024~2025年度の2年間を予定し、歴史・城・文化財・地盤工学・自然環境など他分野の専門家や、佐伯市役所の関係する各課の意見を聞きながら、史跡佐伯城跡が持つ素晴らしい価値を守り、良く理解し、さらに高めるための整備や活用の方針を考えていきます。
【事業計画】
2024年度
佐伯城跡保存活用計画素案の執筆・作成(前半部分)
佐伯城跡保存活用計画策定委員会・庁内部会による計画素案の審議
三の丸御殿の確認調査(部分的な発掘調査)
2025年度
佐伯城跡保存活用計画素案の執筆・作成(後半部分)
佐伯城跡保存活用計画策定委員会・庁内部会による計画素案の審議
佐伯城跡保存活用計画の印刷・製本
三の丸石垣を覆う大型土のうの撤去
※現時点での予定なので、事業の進捗によって変更になることがあります。
※佐伯城跡保存活用計画策定委員会の開催については、ホームページでお知らせします。